新年度を迎え、世間では各社に新入社員が加わった。しかし入社から数日や数週間で早くも離職を選ぶケースも一定数ある。こうした傾向と並行して、退職代行サービスの利用が広がっている。
このサービスは1980年代にも存在していたが、2000年代後半から急速に浸透した。「ブラック企業」という言葉が社会に浸透した時期と一致しており、企業による過剰な引き留めや煩雑な手続きに直面した労働者が、精神的な負担を回避するために専門業者に手続きを委ねる動きが加速した。第三者が間に入ることで、本人が直接伝えることなく離職できる仕組みが整い、定着してきた。
背景には、従来の「辞めるのは無責任」とする価値観の揺らぎがある。働き続けることを当然とする風潮が後退し、自分の意思でキャリアを見直す選択が尊重されるようになった。法的には「職業選択の自由」が保障されているが、現実にはその自由が軽視されてきた経緯がある。この流れは、若年層を中心に「無理に続けない」選択を後押ししている。サービス利用は、労働者の権利意識を高めるだけでなく、企業側にも見直しを促す契機となっている。
一方で、労働者の「辞めやすさ」ばかりが進む現状に対し、企業の「辞めさせやすさ」も制度的に整えるべきとの議論もある。労働基準法をはじめとする法制度において、本来この二つは対等な関係にあるべきであり、いずれかに偏れば健全な雇用関係の構築は難しい。
企業側も無視できない状況となっており、退職を希望する従業員に対し、円滑かつ誠実に対応することが求められている。不適切な対応が露見すれば、企業イメージや採用力にも直結する。
この普及は、離職をめぐる手続きを可視化させ、企業の体質を浮き彫りにする効果もある。労働者側の行動が企業の姿勢を変える圧力となり、双方の関係性にも影響を及ぼしている。その結果、企業文化や人事制度の見直しが進み、職場環境全体の改善につながる動きも見られる。柔軟なキャリア選択が社会に根付き始め、転職や離職が「異常」視されなくなったことは、時代の変化を象徴する。
今後も利用は増加が見込まれるが、企業は労働者の意思を尊重し、働きやすい環境の整備を迫られるだろう。退職に対する社会の見方が変わる中で、労使双方が不満を抱かずに関係を築く仕組みづくりが求められている。
各社や労働者の個別事情はさまざまだろうが、こうした業者の存在自体が、結果として労使関係を見直す契機となり、大きな視点から見れば、より健全な関係構築を後押しする一因となるはずだ。