政府が10月30日に開催した「新しい資本主義実現会議」で発表された施策は、日本経済にとって非常に重要な意義を持つ。就任後初めて出席した石破茂新総理が掲げる「賃上げの持続」「価格転嫁の徹底」「人手不足対策」といった方針は、岸田政権から引き継いだ長年の経済停滞と労働市場の課題と向き合うものであり、経済政策に新たな視点が求められている。特に、生産性向上を目指したデジタル・トランスフォーメーション(DX)や省力化投資の推進、さらにはM&Aによる経営力強化が強調され、企業の競争力向上に期待が寄せられている。
DXと省力化投資に焦点を当てた施策は、特に中小企業にとって生産性向上を可能とし、労働不足が深刻化する中で不可欠な対応と言える。新技術の導入や業務の効率化は、働き手の負担を軽減し、事業の持続可能性を高める。しかし、単独の施策だけでは不十分である。DXの推進に加え、ファスナー業界でも近年活発化するグループ化やM&Aが不可欠であることを総理が指摘している通り、多角的なアプローチが必要だ。
また、価格転嫁の徹底により、賃上げによる企業負担の軽減も図っていく必要がある。現状、多くの企業がコスト上昇に苦しんでおり、労務費の価格転嫁を進めることで、適切な利益確保が可能になる。総理の示した通り、実態調査と改善措置の年内完了、さらには下請代金支払遅延等防止法の改正は、企業間の健全な取引環境を守るための重要な一歩である。
一方で、賃上げと生産性向上の両立には慎重な政策運営が求められる。中小企業をはじめとする多くの企業が賃上げに直面する中で、持続的な賃上げ環境の整備は簡単ではない。ここで政労使が一体となり、最低賃金の中期的引き上げ方針について議論を進めることは、国全体での労働環境改善に不可欠だろう。「賃上げ政策のひとり歩き」ではなく「賃上げと価格転嫁の両輪の政策」を強く求めたい。
与党の議席数が過半数割れし、政治情勢が流動的になる中、政策議論が深まることが期待される。新しい資本主義の実現には、経済全般、労働市場の改革、地方創生といった幅広い課題に対する総合的なアプローチが求められるため、野党との建設的な対話を通じて、現実に即した解決策を生み出すことが必要である。
日本が「賃上げと投資が牽引する成長型経済」に移行するためには、今回の重点施策が示す通り、単独の施策では不十分だ。企業の経営力強化や人材育成、DXによる効率化と省力化、さらには地域ごとの特色を活かした成長戦略が必要であり、総合的な政策が相互に作用していくことが望まれる。