価格転嫁、商いの文化に成熟を

2022年8月29日

 材料・副資材高騰にともなう製品価格の改定交渉が各社の喫緊の取組みとなっているが、交渉の中でなぜ値上げしなければならないのか根拠(エビデンス)の提示を求められるケースが増えている。
 1本の製品に対して材料価格ほか外注加工費や電気料金、副資材全てを含めて理論上正しく説明できるエビデンスを示すことは容易なことではない。さらにこれらを正しく分析できるとして、詳細をユーザーに示すことは、値決めやノウハウを丸裸にされてしまうのと同様で、今後の取引にあたって不利となることを懸念する声も上がっている。
 一方で客観的に説明することができる材料高騰分については、エビデンスデータを示して値上げ交渉を進めるケースも取材の中で聞く機会が増えてきた。あるファスナーメーカーでは急騰するステンレス鋼線価格について、材料商社から入手した過去5年間の3カ月ごとの鋼種別の価格推移を示す一覧データを準備。これによると過去5年でXM7がキロあたり400円以上、316・316Lで600円以上値上がりしていることがわかった。取引開始当時まで遡るのではなく、せめて過去5年分の材料値上げ分だけでも認めてほしいと交渉を進めているという。
 製品値上げをユーザーが認めず廃業したメーカーがある。同社(以下A社)は直接取引するB社を介してC社に製品を納めていたが、再三にわたる値上げ願いをB社が認めず廃業を決めた。製品供給が途絶えて困るC社が直接A社に値上げを認めるので事業を継続する交渉を行ったが時すでに遅く。話を聞くとB社からC社への値上げ要請はまったくなく、この取引間でB社が値上げ交渉を止めていたことがわかった。3社のうち得をする企業はひとつもない。やむを得ないコスト増にともなう値上げ要請について、交渉の場を設けようとせずに不当に従来価格で納入させた場合は下請法や独占禁止法に違反するおそれがある。またB社がC社に対して実際に値上げ要請を行ったかを客観的に示す議事録等をA社はB社に求めるべきだった。
 別のメーカーでは値上げ交渉の末、大型案件の転注を経験した。しかし別メーカーに利益の出るはずもない注文が集中するだけで、自社では付加価値の高い案件に集中できると前向きにとらえる。同社は「中小下請けが我慢して大手だけ内部留保する仕組みはおかしい。しっかり値上げをして給料を上げる。そうしなければ日本が衰退する」と訴える。
 値上げを要請すること、利益の無い注文を断ること、交渉の場を設けること、値上げを認めること―。下請けも買い手もこれらが行われやすい環境を法的側面だけでなく、日本は商いの文化として成熟化させていく必要がある。

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