ねじ(ボルト|ナット)・ばね(スプリング)の業界新聞。
金属産業新聞社

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金属産業新聞の創刊号を追って

戦後占領期の資料から発見された創刊当時の金属産業新聞

「金属産業新聞」第48号(1947年6月28日付)

「金属産業新聞」第48号(1947年6月28日付)

終戦の混乱期に産声を上げた数少ない業界紙

上の紙面は、創刊間もない「金属産業新聞」の第48号(1947年6月28日付)の1面です。「金属産業新聞」は、終戦の焦土と瓦礫の中から日本経済の再生をめざし、その一助を担うべく、ねじ産業界の営為を伝えるべき媒体として、故・大槻喜一により昭和21年(7月30日、第三種郵便物認可)に産声を上げました。

数多ある業界紙の中で1946年からの創刊は、あまり例がありません。しかし当時の新聞紙の紙質は悪いうえ経年劣化もひどく、残念ながら弊社には当時の実物は存在していません。これでは、1946年の創刊を証明できません。

GHQ検閲対象の資料としてアメリカで発見された

そこで、弊社創業の証(あかし)を求めて調査した結果、1945年〜1949年の占領期間に発行された日本全国の新聞総計1万8047タイトルが「プランゲ文庫・新聞コレクション」として米国・メリーランド大学で保管され、その中に「金属産業新聞」並びに前身の「日本金属新聞」も収録されていることが判明しました。

「プランゲ文庫」は連合国軍総司令部(GHQ)の民事検閲局(CCD)の新聞・出版部門の資料を当時、修史官として戦史の編纂作業に当たっていたゴードン・W・プランゲ博士の尽力で、GHQがメリーランド大学に寄贈したものです。

歴史の証言者としてモノづくり日本の未来のために

弊社では、国立国会図書館を通して、そのマイクロフィッシュ(105ミリ×148ミリのマイクロフィルム上に複数のコマ画像を配列させた記録媒体)中の「日本金属新聞」第16号(1946年6月21日)〜47号(1947年5月11日)、「金属産業新聞」第48号(1947年6月28日)〜161号(1949年10月8日)から約120号分(一部に欠本がある)をコピーで入手しました。

掲載した「金属産業新聞」第48号(1947年6月28日)の紙面には、右上に「NEWS.DPT.FILL」のスタンプ印が捺されており、歴史の証言者であることを雄弁に語っています。なお、「プランゲ文庫・雑誌コレクション」については近年、岩波書店から「占領期雑誌資料大系・大衆文化編・全5巻」「同・文学編・全5巻」が刊行され、被占領下日本の貴重な文化財産として新たな視点からの研究課題として活用されています。